デイリーニュース

  • 自由への夏:1964年ミシシッピ州で 暴力に屈することなく人種差別と戦った 公民権運動活動家たち

    1月22日、ミシシッピ州ハッティズバーグで、フリーダム・デイ50周年を記念して数百人が行進しました。1964年1月22日、ファニー・ルー・ハマー他、公民権運動活動家たちは、黒人の投票権支持のためにフォレスト群裁判所周辺を行進しました。この集会はミシシッピ州の歴史を変える1年のはじまりとなりました。数ヶ月後、公民権運動グループは「フリーダム・サマー」(Freedom Summer)を開始。州外から千人以上のボランティアが集まって有権者登録の手助けをし、「フリーダム・スクール」(Freedom Schools)と呼ばれる組織が出来上がりました。「フリーダム・サマー」より派生した、「ミシシッピ州自由民主党」(Mississippi Freedom Democratic Party)は、64年の民主党全国大会で、白人のみの同州の民主党組織の正当性に疑問を投げかけました。マイケル・シュワーナー、アンドリュー・グッドマン、ジェームズ・チェイニーの3人の公民権運動活動家が殺害されたのもこの時期でした。2014年ミシシッピ州では、この歴史的年より50周年を記念するイベントが各地で行われます。新しいドキュメンタリー映画Freedom Summer(『フリーダム・サマー』)を監督したスタンリー・ネルソンに話を聞きます。

    dailynews date: 
    2014/1/23(Thu)
    記事番号: 
    2
  • 「シーザー最後のハンスト」:農業労働者の命を守るために 死の危険も厭わなかったシーザー・チャベス

    全米で、公正な賃金と安全な職場環境を求める農業労働者の闘いが続いていますが、番組では伝説的な活動家シーザー・チャベスの人生を振りかえりたいと思います。1962年、チャベスは「米国農業労働者協会」(National Farm Workers Association)を創設し、これは後に「アメリカ農場労働者連合」(United Farm Workers of America)となりました。チャベスはそれから30年に渡り同団体の先頭に立ち、一連の歴史的なストライキやボイコットを組織しました。新しいドキュメンタリー映画Cesar’s Last Fast(『シーザー最後のハンスト』)では、1988年にチャベスが農場で使われる殺虫剤の危険性に注意を喚起するために行った、36日間のハンガーストライキの映像が初公開されます。同作品を監督したリチャード・レイ・ペレスに話を聞きます。ペレスの父親は、チャベスが改善しようとしていた労働環境の中で生きていた農場労働者のひとりでした。

    dailynews date: 
    2014/1/23(Thu)
    記事番号: 
    1
  • 「アライブ・インサイド」:アルツハイマーと痴呆症患者を癒す 音楽の不思議な力

    ヘッドフォンはアメリカにいる何百万人ものアルツハイマー患者や痴呆症患者の生活をかえることが出来るのか?サンダンス映画祭で上映された新しいドキュメンタリー映画『アライブ・インンサイド:音楽と記憶のお話』(Alive Inside: A Story of Music & Memory) は、老人ホームでiPodを用いて音楽療法を始めたソーシャルワーカー、ダン・コーエンの姿を追います。コーエンが世話をする患者の一人、90歳代のアルツハイマー患者ヘンリー・ダイヤーは、この映画の中心的人物の一人です。彼を映した映像クリップは、2012年にオンラインにアップロードされ、それから1千万回以上再生されました。このクリップは、ダイヤーが外の世界に殆ど反応を示さないところから始まります。そんな彼にヘッドフォンが渡され、大好きなキャブ・キャロウェイの音楽が流れます。そうすると、音楽が彼を活気づけ、目覚めさせ、そして昔の記憶をよみがえらせるのです。本日は、これらの抜粋を流しながら、コーエンに「音楽と記憶」プロジェクトについて、そして、この映画の監督/制作者であるマイケル・ロサト-ベネットにも話を聞きます。

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    2014/1/22(Wed)
    記事番号: 
    2
  • プライベートでの暴力: 生存者と支援者たち 暴力を被害者のせいにする家庭内暴力の風潮と闘う

    ユタ州の警察官が妻と二人の子供そして義理の母を銃殺し自らの命も絶ってから数日たちました。サンダンス映画祭で封切られた新しいHBOのドキュメンタリー映画が疫病のように全国規模で広がる、衝撃的な家庭内暴力を検証し、その暴力からの生存者と彼らの支援者の苦難に焦点を当てます。ノース・カロライナ州が舞台となった映画『プライベート・バイオレンス』(Private Violence)は、自身も家庭内暴力の生存者であるキット・グルエルが、他の被害者に手を差し伸べ、癒し、公正と社会的変化を追求して行く様子を描きます。本日はグルエルと監督のシンシア・ヒルに話しを聞きます。「アメリカでは暴力に対する感覚がとてつもなく鈍くなっているのです。そのため、女性達がよほどひどく殴られない限り、司法制度は動きません」とグルエルは言います。

    dailynews date: 
    2014/1/22(Wed)
    記事番号: 
    1
  • インターネットの申し子:アーロン・シュワルツについての映画が描く、自殺した活動家のオンラインの自由を求める闘い

    1年前の2013年1月、インターネットの自由を求める若手活動家で革新的なプログラマーのアーロン・シュワルツが自らの命を絶ちました。シュワルツは、数百万の学術論文を、それらが無料でオンライン上で入手できるべきだという信念に基づいて、マサチューセッツ工科大学のサーバーからダウンロードしたことで裁判にかけられる直前に自殺しました。自殺をした時点で、シュワルツには35年の禁錮刑の可能性があり、彼の支持者らはこの処罰は厳しすぎると見ていました。本日は時間いっぱい、新ドキュメンタリー映画The Internet’s Own Boy: The Story of Aaron Swartz(『インターネットの申し子:アーロン・シュワルツの物語』)を紹介します。同映画の抜粋を放送し、シュワルツの父親ロバート、シュワルツの弟ノア、シュワルツの弁護士エリオット・ピーターズと、同映画の監督ブライアン・ナッペンバーガーから話を聞きます。

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    2014/1/21(Tue)
    記事番号: 
    1
  • マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの演説

    本日はマーティン・ルーサー・キング・デーで祝日になります。キング牧師は1929年1月15日に生まれ、1968年の4月4日に、テネシー州メンフィスにあるロレイン・モーテルで暗殺されました。39歳という若さでした。キング牧師は公民権運動の指導者として人々の記憶に残っていますが、その一方で貧困問題とも戦い、「貧者の行進」を組織して経済的正義の問題に取り組みました。また、米外交政策とベトナム戦争に対する厳しい批判者でもありました。キング牧師が1967年の4月4日にニューヨークのリバーサイド教会で行った演説「ベトナムを越えて(Beyond Vietnam)」、そして、暗殺される前夜の1968年4月3日に彼が行ったスピーチ「私は山頂に登った(I Have Been to the Mountain Top)」をお届けします。

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    2014/1/20(Mon)
    記事番号: 
    1
  • ボランティアをクラウドソースして放射能のモニタリング・マップを作成 日本の全道路の危険を監視

    セーフキャスト(Safecast)は、2011年の福島第一原発事故後の日本全国の放射能レベルを測定するボランティアのネットワークです。彼らは放射能の高さは、事故現場からの距離よりも、風向きや地形によって大きく左右され、事故現場に近くても放射能レベルが低い地域もあれば、現場からかなり遠くても高い地域もあることを早い時期から認識していました。セーフキャストのボランティアたちは、「ガイガーカウンター」とオープンソースのソフトを使って放射能のレベルを測定し、それをオンラインで誰でもアクセスできるよう共有しています。本日は東京から、セーフキャストの共同創立者ピーター・フランケンさんに話しを聞きます。「セーフキャストは、日本全国のすべての道路を測定することを目標にしています。3年間測定を続けて、今月1500万目の場所を測定しました。これは、日本の全ての道路を少なくとも一回は測定したことになります。中には何回も測定されて場所もあります。

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    2014/1/17(Fri)
    記事番号: 
    4
  • 抗議運動が拡大する日本 「私たちは世界の人々に向けて原発停止を呼びかけている」

    日本政府は数日前、国内の原発を再稼働する動きを見せました。この動きで、脱原発運動がより高まっています。「これは日本だけではなく、世界の問題です」と首相官邸前の抗議者の一人カトウケイコさんはデモクラシーナウ!に語りました。彼女は、来月の都知事選では、候補者の原発に対する態度が争点になる事を期待しています。

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    2014/1/17(Fri)
    記事番号: 
    3
  • 福島第一原発がある双葉町の前町長 われわれは「事故は絶対に起こらない」と言われてきた

    次は双葉町の前町長、井戸川克隆さんに話をお聞きします。双葉町は福島第一原発がある町で、原発事故の後は住居不可能な地域となりました。今日は2011年3月11日の地震と津波が起こった時、何を考えどう行動したのかをうかがいます。「今までなかった大きな地震で大変驚きました。原発に事故がなければいいが、と思いました。しかし事故は起きてしまいました」。彼は日本政府が指示を出す前に、全町民を非難させる決定を下しましたが、「もし私が3時間早くこの決定をしていたら、多くの人々の直接の被爆は防げました」と語ります。井戸川さんは原発推進派の町長でした。しかし今では原発を声高に非難しています。日本政府と東電はいつも「心配することはない。原発事故は絶対に起こらない」と説明していたということです。「この約束は破られました。だから私は反原発派になったのです」

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    2014/1/17(Fri)
    記事番号: 
    2
  • 「原発を停めるために戦う」 官邸前の脱原発デモで双葉町からの避難者が語る  

    東京からの放送の最終日の今日、福島第一原子力発電所がある双葉町からの避難者の声をお届けします。双葉町から避難しているカメヤユキコさんは、原発の再稼働に反対して、毎週金曜日、首相官邸前のデモに参加しています。「避難した時、私たちは着の身着のまま、何も持ってくることができませんでした。歯ブラシも、タオルも毛布もなく、寒くて、何もなかった。本当に地獄にいるようでした。死んだ方がましだと思いました。でも今は、皆さんに助けていただいて、諦めないでここにいます。だから皆さんと一緒に、ここで頑張って戦っていきたい」。首相官営前でデモに参加していることについて、「私たちは毎週ここに来て何回も安部首相に原発を再稼働しないよう訴えています。でも、この訴えは彼には伝わっていないようです。国民の多くが反対しても彼の思い通りにしてしまう。それが、なさけない」と言います。

    dailynews date: 
    2014/1/17(Fri)
    記事番号: 
    1

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