経済学者ハジュン・チャン 通貨戦争と「自由市場のウソ」を語る

2010/11/19(Fri)
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昨年11月、韓国で開かれたG20ソウル・サミットは、通貨切り下げ競争を回避し新興国への過度な資本移動に歯止めをかけるため各国が協調して為替レートの安定をめざすというものでしたが、オバマ大統領は韓国との自由貿易協定の実現も、中国との通貨摩擦の解消にも成果を挙げられませんでした。現在まで継続している通貨戦争と緊縮財政の問題について、ケンブリッジ大学で教える韓国出身の経済学者ハジュン・チャンが、わかりやすく解説します。

米国は中国政府が人民元のレートを低く抑えていると非難しますが、その一方で自国では低金利を維持しながら中央銀行がドル紙幣の市場供給を増やして強引にドル安を誘導しているため、その主張に国際的な支持が集まりません。「プラザ合意」後の急激な円高が日本経済を破壊したのをみてきた中国は、そう簡単には為替相場の操作をあきらめようとはしないでしょう。しかも米国はこれまでずっと、対外債務の超過に陥った国々にはペナルティとして構造調整を強要し、国の資産を切り売りすることで償わせてきた国際金融体制の中心にいたのですから、自国の破綻だけは別のやり方で対処というのはムシがよすぎるといわれるでしょう。

米国では11月の中間選挙で共和党が大勝したため、財政赤字を容認した大規模な景気対策予算はもはや政治的合意が難しく、金融システムを破綻から救う手段は中央銀行による金融政策というオプションしか残っていないのです。これが大幅なドルの量的緩和の背景にあるのですが、残念ながら増刷したドルは金融機関を救うだけで、米国の実体救済には回ってきません。低金利で大量に供給されるドル通貨は、国内産業よりも海外に投資したほうが有利なので、資金の多くが新興経済国に流れ込み、それらの国々の通貨レートを急激に押し上げたり、投機的な資本流入で経済を混乱させたりしています。米国にとっては金融機関が利ざや稼ぎをする程度の小額でも、経済規模の小さい国には大きな影響を与えます。

こうして他国のうらみを買い「通貨戦争」とまで批判されながら推進される金融政策も、結局は財政赤字の解消になりません。民需はしぼんだままで米国経済の浮揚にはつながらないため、税収が増えないからです。効果がないとわかっていながら赤字削減を声高に唱える人たちには、実は隠れた狙いがあるのだとチャンはいいます──社会保障制度の破壊と公共サービスの民営化、すなわちナオミ・クラインのいうところのショックドクトリンの実践です。ギリシャやイギリスでゼネストが起きる事態も、この延長上にあります。(中野真紀子)

ハジュン・チャン(Ha-Joon Chang) ヘテロドックス経済学の第一人者。世界銀行やアジア開発銀行、欧州投資銀行、オックスファムなどに努めた経験を持ち、現在はケンブリッジ大学で開発経済学を教えている。『はしごを外せ―蹴落とされる発展途上国』(日本評論社)、『世界経済を破綻させる23の嘘』(徳間書店)など、著書多数。現エクアドル大統領の経済学者ラファエル・コレアに影響を与えた。
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字幕翻訳:阿野貴史/校正:関房江
全体監修:中野真紀子/Web作成:付天斉